傘をもたない蟻たちは(文庫)

インターセプト、そして、プレイコール。」 まろまゆ

 

「わたしのことは捨てないでね。」
 林が捨ててきた物で形成されてきた部屋を前に、安未果は華麗にタッチダウンを決める。戦慄する林を抱きながら、彼女はきっと、恍惚の表情を浮かべている。予想外の展開に立ち尽くすクォーターバックとざわめく黄色いタオルをよそに、彼女は穏やかにその幸せを噛みしめているだろう。私は安未果のその母性と少女性が、とても羨ましい。
 アメリカンフットボールの形勢逆転プレー、「インターセプト」はとてもセンセーショナルなプレー。オフェンスチームの投げたパスをディフェンスチームが奪い、一気に攻守を逆転させる。それまでオフェンスがどんなに計算し好プレーをたたき出していたとしても、インターセプトされれば一瞬で努力は水の泡。そんなインターセプトをモチーフに組まれた構成に気を取られがちであるけれど、安未果の人物描写はとても魅力的に描かれている。高校三年生の冬、たまたま見たスーパーボウルに映り込んだ林に運命的な恋をして、好きな人について調べて、計画を立てて、林を手に入れるために自己プロデュースをする。なんて健気で一途な子であろうか。林を知る手段が、過剰なFace bookの精査だったり、尾行だったり、ゴミ漁りだったりと、ほんの少しスタンダードから逸脱はしているけれど、林のために6年の歳月を費やした。文字通り“林のために生きた”。近づく手段に多々問題はあれど、そのモチベーションの堅持と純粋さは称賛に価する。
 安未果が恋した林は、知れば知るほど軽薄な人物だ。結婚相手にしろ、安未果にしろ、結局相手を欲する最大の理由は“名誉”であるし、心理学本を安直に実行に移し、“へたっぴ”なミラーリングを得意げに披露してしまう。せっかくバーにいるのに、「彼女の瞳は相変わらず冷め切ったブラックコーヒーのようだった。しかし俺は負けじと、温かいミルクティーのような眼差しを彼女に向け続ける。」と、カクテルではなくコーヒーとミルクティーで状況を描写してしまうほどセンスが無いし、ひどく拙く、ノーマルで面白みにかける、独りよがりなセックスをしてしまう。
 しかし安未果は、林の、このようなある意味非常に健全な少年性に軽蔑するどころか、全てを愛している。「これ以上何かを望むとばちが当たってしまいます。」と、謙虚に、しかし幸福そうに彼を受け入れている。普通であれば幻滅し、友人からそんな男やめときな、と言われてしまう林をロマンティックな恋となるよう導く、とんでもない懐の深さである。私自身、結婚して7年ほど経つが、どんなに好きな相手でもやはり相容れない部分はあるし、自分の思い通りに動いてくれたらいいのに、とお互いの想いと思惑がぶつかることもある。それは他人と生きていくうえでは避けられない現象だ。
 一方、
安未果は林を決して自分の色に染めようとはしない。林を手に入れるために自分が敷いたレール上を走らせはするが、林のアイデンティティ自体には干渉しない。見覚えのある、かつての自分の所有物に囲まれ、「わたしのことは捨てないでね。」などと言われた林は背筋が凍っただろうが、きっと安未果と生きていく人生は彼にとって非常に幸せなものとなるはずだ。全てを肯定し、受け入れられ、立ててもらい、道を標してもらえる。林は読み取れる性格から、おそらくアメフトでのポジションは試合の主導権を握りたいクォーターバック。そんな彼に、綿密かつ的確な指示ができるヘッドコーチとして、安未果は最適な人物である。きっと安未果はこれからの人生を、気持ちよくプレーさせてくれるだろう。
 安未果のこの林への思いは非常に利己的ではあるが、安未果と林の人生をとても美しくデザインしている。インターセプトしたボールをエンドゾーンの鮮やかな芝に置いた後、きっと彼女は乱れる黄色いタオルをもいとおしく見つめるのだろう。この試合は、すべて安未果の手の中にある。

 

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