閃光スクランブル(文庫)

-文字の世界で実現した圧倒的映像エンターテイメント作品-

Eto

 

閃光スクランブル」をこう表現すると違和感を覚える人もいるかも知れない。
アイドルが描く「アイドルの世界」
芸能界にいるものが描く「スキャンダルの世界」
それがこの作品の醍醐味とされやすい。
たしかに主人公とヒロインを取り巻く環境は前述そのものだし、ヒロインのアイドルとしての立場や主人公の前を向くことを拒否した故の葛藤など、ストーリーを構成する要素も魅力的で引き込まれる。
しかし、終盤のスクランブル交差点のあのシーン。その瞬間に来た時にまさしく閃光のごとく映像が脳内にフラッシュする。
この作品の映像化を希望する者なら、あのシーンだけは自分で撮ってみたいと思うだろうし(少なくとも私は)、そして誰が撮ってもきっと同じような物になるだろう。
つまり、文章だけで人に寸分違わぬ映像を植え付けることに成功したのではないかと考えたのだ。
それを可能にした確かな筆力とストーリー構成。それが見事で、読んでから時が経てば経つほど身震いする。(そして宣伝用ポスターのイケぶりにこの子が書いたの!?といつも二度見する)
映像時代に入って小説は変わった。
文章であっても視覚化されることが当然となってきている。
読者は文を読みながら映像を頭の中で浮かべ、主人公たちの動き、表情を推測しストーリーを浮かべる。
昔、視覚化がうまいと言われている作家がいた。
彼曰く、自分は映像世代の人間だから、どうしてもそういう感じになってしまうと(昔過ぎてニュアンスですみません)
加藤シゲアキにしても、映像の世界に身を置いている。しかも月に何本も映画を観ていた時期もあると聞く、その彼が書く小説なのだから、視覚化的なのは当然なのかもしれない。
ただ、このシーンはその場面を上手く描いただけではない。そのシーンを読者が脳内にフラッシュさせるように色んな仕掛けが小説の随所にされているのだ。
まず主人公がカメラマンであると言うこと。
彼がスキャンダル専門のカメラマンであること。
その彼が色をなくしていると言うこと。
ヒロインがアイドルであると言うこと。
彼女の魅力はどこか静かでミステリアスな大人ぽさだと言うこと。
その二人の交差から物語は始まる。
古傷を無視し、前へ進もうとするヒロイン。
前を見ているようで、過去に縛られ、がむしゃらに動いているようで動けない主人公。
彼を象徴する写真家が一瞬を切るとるフォトグラファー アンリ・カルティエ=ブレッソンであること。
そして幸せの一瞬を切り撮ろうとした先の最愛の人たちの死。
主人公もヒロインも不相応だと、幸せになることに背をむけている一方で、誰よりも救われたいと願っている。
ストーリーが進む中で、読者は一緒になって二人の再出発を切望するようになる。という構成が見事に描かれている。
止まった時が動き出す瞬間。
誰にも理解されなくても二人には大切な一瞬。
その中に一緒にいる気持ちが、あのラストの交差点の閃光のイメージとなってあらわれたのだろう。
そして進み出す主人公とヒロイン。
そして我々読者も、なにかで止めていた「時」が動き出す気分にさせてくれる。そんな作品であった。。

 

 

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